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2年を経た経験からの回想 ブログトップ

視床出血発症して2年になりました(第8回)病院食や栄養指導や服薬指導 [2年を経た経験からの回想]

 入院中の食事についてですが、救急病院では以前に投稿したようなことでした。
 リハビリ病院での方が書くことが多いかも。一応、高血圧らしいので減塩食です。気がつかなかったです。
 なぜかというと無塩食に近いのを食べていましたから、薄味どころか素材の味でもよかったということです。
 ほうれん草のお浸しをそのまま食べるとかね。妻に「醤油ぐらい少しは掛けろ」などいわれてました。朝食のパンね、無塩パンね、いわれるまで気がつかなかったです。
 食事指導で「ほうれん草云々」で栄養士の方、何も言えなくなっていました。これは医師も含めての思い込みからきているのだと思います。
 味噌汁を調理場でお湯まししてほしいといってもしてくれませんでした。片麻痺者がお湯割りをできるとでも思っている風でした。
 「不味い」というのは多くの場合、塩分の量の問題みたいですね。薄味だから不味いみたいで、織田信長と同じかな。
 この私でも不味いと思った麻婆豆腐などがあったりもしました。患者向けに大量の量での料理したものも味見をしなさいという感じね。サンプル調理と量が全く違うので味付けに工夫が必要だよ。
 栄養素の種類とバランスと量はおおざっぱな教科書通りという感じでした。糖質はまあそれでよかったかも、タンパク質もかな。ミネラル、ビタミンなどもかな。
 問題は脂質の種類と量ね。飽和脂肪酸は摂取しなくても炭水化物やタンパク質から創れるのですが、ω3系とかω6系などの不飽和脂肪酸ね、これらは人間は合成できないのです。
 ところが、細胞膜の主成分なのです。
 ω6系はマーガリンを摂取するとどどっと入ってきますが、ついでにトランス脂肪酸も結構な量入ってきます。ω3系は含まれている食材に偏りがあります。不飽和脂肪酸はリハビリにおいて重要な役目をしていると考えたのでサプリメントを購入しました。理由は後日ね。
 服薬指導も私にとっては意味がなかったです。使用医薬の説明なし。どうして朝食後かという説明なし。食後というのは飲み忘れ防止が目的の場合が多いのです。
 多くの医薬ですと、「生活リズム上での時刻投薬」の方が大切だと考えています。病院では普通食事時刻は一定ですからね。
 退院後は判らないよ。
 生活リズムと医薬の薬効との兼ね合いですよ。でもね、普通は医師が今一度であっても医薬の決定理由も含めて説明するべきものだよ。処方薬だからね。

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視床出血発症して2年になりました(第7回)高次脳機能検査とSTの様子、楽しくいじめ?られてました、発音が悪いので発声で。 [2年を経た経験からの回想]

 救急病院でお粥が続いた理由にもなるST(言語聴覚療法)もありました。
 ご本人は何とも感じていないのでどうしてかなと思いながら最初のリハビリにいったときに「リハビリの目標」というのをPTやOTも設定したのですが、STもね。
 本人の感覚から出た目標は「発症前より美声に」でした。STのYさん笑ってました。冗談が通じる方で良かった。それに女性だし、若いしね。
 深呼吸をしましょうといわれて右側もできなかった(笑)。これは「忘れている」といってよいですかな。唇の動きのリハビリ、舌の動きのリハビリ、深呼吸に続いての吹き出しでのリハビリ、ろれつの回りにくい単語の発声とかなどなどです。
 3月の末に妻と知人とYさんと出会ってもらったときに妻と知人が口をそろえて「元に戻っている」とね。まあ、やはり、唇の動きや舌の動き、その他に出血の後遺症があるということで退院間際まで続けてもらいました。これも楽しかったですよ。
 発声練習で自主トレができるのですね。いつもではないですが時々映画を聴きながら(目は自主トレの方だからね)していたという不届き者ね。
 リハビリではないですが、高次脳機能検査ね。これ、うっかりとね、普通再検査しないようですね。別段、後で触るような予定がなかったのでそのままにしています。
 まじめに受けていると「疲れる」と思います。
 記憶力についてでは、時系列記憶とか、数字逆順暗唱とかね、空間図形認識とか、平面図形とか、釘打ち風景など模擬動作とかね。数字逆順では指とかで覚えさせる手順を考えている間に終了という涙ものもありました。まじめに受けていたら疲れるかもとも思いました。
 今度、脳機能検査を受けるときに備えて手や足の指と数の関係を決めておきたいです。(大笑い)

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視床出血発症して2年になりました(第6回)OT(作業療法)の様子と脳卒中で手足などが動かなくなる理由で思うこと [2年を経た経験からの回想]

 一見目立った進歩が見えないOTかな。こちらはたくさんの感覚神経が関与しているので動かせ方は健常なみみたいなのですが、感覚神経が働かないので「見つめて」の世界ね。
 ですから、感覚を取り戻すというのと健常側みたいに動かせるようにしておくというのが基本かな。でもね、徐々に作業ができるようにはなってきています。
 PTもそうなのですが、まずマッサージね。「筋肉を固めない」ね。指をごちょごちょと動かしてみる作業ね。「関節を錆び付かせない」ね。皮膚感覚と筋肉感覚の両方が戻ってこないことには正確な作業はできないですね。さらに戻ってきた感覚のトレーニングね。
 PTより面倒くさいリハビリかな。そして辛気くさい感じもね。OTの方がPTより面倒みたい。
 腕や手の動かしができるので、感覚神経の回復を促すようなリハビリになるのですが、これって脳での再構築ということになるので刺激と意欲と栄養ということになるかな。
 OTのリハビリでは刺激と意欲を得るためにおこなうことになります。
 意欲については、当初、OTのFさんだったのですが、4月に新人のOTのSさんがつきました。ベテランのFさんの代休の時にそのときだけの担当者変更票を渡されたので「ない方がいいですよ。この票なしは担当交代でしょ。」といいました。Sさんは女性、Fさんは男性ね。で、5月からはSさんになりました。Fさんの英断に感謝しています。リハビリの効果が非常に向上しました。
 ところで、我々みたいな感覚麻痺でどうして手足などが動かなくなるのでしょうか。筋力が一瞬にしてなくなるわけはないですね。
 運動神経、関節なども問題ないはずね。筋力がなくなるのなら拘縮とか筋緊張亢進とかは起こらない可能性が大きいですが、筋トレ等で起こされている方が多いですね。
 動かなくなる原因は筋肉の収縮具合やその他感覚情報が戻ってこないからだと考えています。感覚情報があっての筋収縮なのです。この手の情報がないときに無理をすると収縮しっぱなしにね。
 感覚の代用ができる部分もありますので、ともかく動かせることもね。この場合も徐々に注意しながらする必要があると思います。
 発症後のリハビリは残った体の機能を使って兎も角も動かせるようにというのになると思いますが、ある程度動かせるようになると残っていた機能では制御が難しくなると思います。
 それと、感覚神経の回復が起こってくると、これは新しく作り直されているので、ベテランの神経細胞(これは脳卒中でお亡くなりに)ではなく新米の神経細胞が飛び入りで働くことになるのでゴタゴタしてくることになると考えられます。
 筋力は徐々には落ちていきますが、一心不乱に筋トレする必要はない感じですかな。拘縮とかにならないように適度にね。

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視床出血発症して2年になりました(第5回)PT(理学療法)の様子と今思うこと(車いすの足漕ぎ) [2年を経た経験からの回想]

 転院の日にPT担当者からいわれたことに「車いすの足漕ぎでは踵をつけた方が歩行の練習になるよ」といのがありました。
 これ、考えて見ると足首の角度は直角を中心に大きくなったり小さくなったりですね。さらに足の裏が全面で床と接することにもね。麻痺側も使っていると足首の向きの鍛錬にもなっていっていたと今となってはそう思います。
 皆さん、足首の向きとかで苦労されているようですが、私は順調で足首の動きは健常側と同じようにできます。
 健常側だけで足漕ぎをされている多くの方の姿勢はふんぞり返っていますね。私は腰を直角以上に曲げて、どちらというと車いすマラソンに近いかも。スピードが出ますよ。でも、スピードを出すには麻痺側がそれなりに動く必要があります。ということで未だに手こぎが全くできないのです。片足ではスピードは出ないと思います。
 はじめの頃は麻痺側を巻き込む危険性と停止の問題があったのでぼちぼちから徐々にスピードアップしました。ですから、足首の向きとかで苦労することはなかったです。スクワットなどの筋トレよりリハビリには良かったと思っています。
 動かさなければ「拘縮」、過剰の自主トレや筋トレは「筋緊張亢進」の危険性ね。なにかちょうどすり抜けれたみたいです。
 膝も曲げて使いますので「伸びきり」とかにはなりにくいですしね。1日10000歩以上とか階段昇降ができるようになっても退院の日まで車いす使用が続きました。
 PTで最初に測った歩行速度は杖使用で10m38秒でした。残存機能を使ってのリハビリになりますので、歩行では左右の体重移動というのが重要ですね。左足は感覚がないので右足での体重の変動で左足分を感知する訓練もしました。2台の体重計に片足ずつをのせてとかね。
 感覚麻痺ですから、筋肉感覚もないのですが、運動神経とかは異常がないので脳で計算することで何とかなるとね。筋肉感覚なしで運動神経制御の訓練もしました。この訓練で筋トレは必要ないですね。チャリ漕ぎの負荷が少なくて良い理由かな。
 感覚がなくても歩けるようにとね。でもね、このとき、感覚が戻ってきたときにはガタガタするというのを理由つきで普通の方にはいっておいた方がよいと思います。
 私の筋トレは許可されてからの階段ね。これ、普通は1日で30分にもならなかったです。降りてリハビリして登って病室にもどり、リハビリで降りてとかですからね。階段昇降できないときはエレベーターだしね。
 退院の頃の測定では6分で420mになっていました。健常者みたいな格好良い歩行姿勢でね。
 リハビリは週5日ですが、土曜日に「土曜リハ」と称する追加のリハビリがあって、PTでFさんという女性の方にしてもらったとき、「月曜日からもお願いします」といってしまい、月曜からはそのことでイケメンのUさんに・・と言い続けることになりました。PTのゴタゴタね。
 リハビリは楽しくね。

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視床出血発症して2年になりました(第4回)救急病院での問題?とリハビリ病院への転院 [2年を経た経験からの回想]

 今日はリハビリを兼ねて、美術展に行ってきます。
 ただ、この病院での問題点はコンタクトレンズ装着をどの看護師さんがするかということだったか。どうも逃げていたような感じもしました。眼科病棟なら問題のないことなのにね。
 手が動かなくてもちょっとだけ安定して洗面台にのせれたら良いだけでしたからリハビリ病院に転院の頃にはともかく自力でできるようになりつつありました。
 もう一つが食事の問題ね。ここは3月3日とか月初めなどには寿司が出るのです。赤飯の時もあります。以前、入院したときに確認済みね。お粥が続いていたので普通食へと要望し続けていました。だめだったので「食い物の恨みは怖いよ」と未だに根に持っています。
 ヨーグルトや牛乳などはぼちぼちの量は特におとがめなしでした。このとき、脂質の量について疑問を持ち始めました。少ないのではとね。リハビリ病院ではサプリメントを購入しました。
 意味は別のときにします。
 残念なことは、食事で「あ~ん」とかいって看護師さんに食べさせてもらえなかったこととおしめをしていたときに一度も中に放出しなかったことか。看護師さんに交換してほしかったです。
 そうこうしているうちにリハビリ病院への転院となりました。3月13日でした。まだ、このときは歩行できないということで介護タクシーでの移動ね。ほぼ1ヶ月ぶりの外界です。見慣れた道筋を通ってリハビリ病院に行きました。
 さすが、リハビリ病院、車いすがたくさんありました。でも、病棟で各患者用のよいのは不足気味というのが退院間際に判りました。
 入院受付で受付をして、病棟から迎えの看護師さんがきました。退院後に遊びに行ったときにその看護師さんにとって初めて迎えに行った患者だったということでよく覚えてもらっています。
 主治医とのご対面、そこで爪白癬の治療をお願いしました。それから、CTね。これで、コンタクトレンズが一つ吹っ飛んだみたい。理由は頭の固定方法ね。麻痺側が吹っ飛んだのでそのときに判るわけないですよ。
 午後セラピストさんが入れ替わり立ち替わりきて状況判断ね。このときはあとでうるさいことがあるになるとは思いませんでした。
 翌日から開始だったかなリハビリ。今度は40分ね。担当してくれた方とはしゃべりまくりでよかったです。リハビリなんて楽しみながらするものだと思いました。
 「艱難辛苦を乗り越えて」という思いは今振り返ってもないです。楽しかったですよ。なんせ、日に日に進歩の具合が判りましたからね。続きは明日ね。

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視床出血発症して2年になりました(第3回)救急病院でのリハビリ [2年を経た経験からの回想]

 この当初入院した病院でのリハビリですが、リハビリ病院ではないのでちょっと時間が短かったです。
 PTでは当初、立ち上がりですよね。立てたら、よちよちと平行棒の向こうまでね。後ろから補助をしてもらっていました。平行棒片道よちよちと歩けたら一休み、復路をよちよちとね。それができたら往復ね。
 この頃には普通の車いすの足漕ぎ開始ね。はじめは健常側だけで、しばらくしてからは麻痺側も使ってね。
 回復状態がよかったみたいで杖を使い始めました。ただし、後ろからの補助付きね。この補助の状態は徐々に手抜きかな。それとともにそこのリハビリ室内一周とかに伸びていきました。
 OTの方は雑巾がけや軽いものを斜面持ち上げとかコーンを掴んで運ぶとか積み木を掴むとかを徐々にです。
 コーンを掴んでいるときに「麻痺したら指が曲がるので、指を伸ばせたら掴めるよ」といわれて、そうだと思いました。
 それで、自主トレは指伸ばしと腕伸ばしにかかりっきりね。最初の頃、腕を伸ばそうとすると全身の筋肉が収縮している感じがしました。
 脳が制御できなくなっているなと思いました。伸ばし続けているうちに腕と指とその関連の筋肉ぐらいになってくれました。腕や指は屈筋の方が強いので放っていたら曲がっている麻痺特有の状態にね。伸筋を使うということですね。
 この自主トレをしたら疲れることができて睡眠が深くなって途中で途切れることが減りました。
 発症後2週間ぐらいかな、もう少ししてからかな。指を見つめながら念ずると指の曲げ伸ばしができるように、そして、指の区別もね。
 筋トレはしていないですよ。「伸ばす」というのと「屈伸」が基本ね。足の方は車いすに座るというのとトイレで少し体重をかけてみるということぐらいかな。ベッドとの行き来やそれに伴う屈伸ぐらいかな。筋トレは全くしていないですが、筋肉の伸縮と関節動かしは良かったみたいです。
 感覚が戻らない限り、以前と同様の動作は無理だとは思っていました。それまでは「筋肉を固めない」「関節を錆び付かせない」と無理のない範囲でのとりあえずの動作ができるようになることかな。そんな感じが延々と続くことになりました。
 歯ブラシは背の平たいのならひっくり返りにくいし、重しをのせればひっくり返らなかったし、右手一本で困ったことはなかったです。歯ブラシなんて月に一本ぐらいの使い捨てで良いので安物の方が平たいかな。丸いのもあるにはあるようです。ある方はいいのを使っていたのですね。
 この病院で非常に良かったことは看護実習生がついてくれたことです。モチベーションが上がりました。
 続きは明日ね。

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視床出血発症して2年になりました(第2回) [2年を経た経験からの回想]

 回想とともに発症時の時の思いに最近までに私なりに判ったことも加えています。
 昨日、書き抜かしていましたこと、「前兆」については全くなしね。
 自主リハビリを始める前の意識がはっきりしたかどうかいうころのことをひとつ、不思議なことに鼻の左側の気道が詰まったという感じだけはやたらとはっきりとね。息苦しさで判るので鼻の気道での感覚ではなかったようです。今まで入院中には点鼻薬を持ち込んでいましたが、救急搬送ですから持ってないし、どこにいるかもぼんやりだったのに右手に触れたのがベッドの背もたれとかのリモコンでした。
 上体を起こすと鼻づまりが解消すると思い、上体側をあげていきました。寝ているから「大丈夫かな」とね。そして、意識がとんで、次に復活したときは頭を下にしてベッドにぶら下がっていました。
 頭のてっぺんは床ね。首を少し縮めると右手の指が入る程度の隙間でした。このあと意識がはっきりしてきました。ベッドがもう少し低かったら頸椎損傷かな。
 このとき、三途の川の渡し舟からも転落して溺れ生きしたのかも。それで意識がはっきりとね。
 看護師さんら慌てたでしょうね。このとき、この歩届き者は「ナースコールしなくても大きな音を立てたらきてくれるのですね。」と言ってしまいました。
 溺れて意識が戻ってきているからね。
 数日して点鼻薬を持ってきてくれたのですが、効きの悪いこと悪いこと。さすが感覚麻痺ですね。鼻づまり解消は上体を起こしておくことなので、尿道の管が取れたら、朝6時半頃から夜8時過ぎまでだったか車いす生活を始めました。
 後々判ったことですが、上体を起こしておくということがリハビリには有効だったようです。これで、足首直角、膝直角、腰(股関節)直角ね。これも良かったみたい。ベッドに寝れば、真っ直ぐに、車いすで直角に、どちらも結構な時間できることにね。
 腕は右手で持ち上げたり、曲げたりして「固めない」ようにという自主リハビリを始めました。しばらくはこの動作だけね。
 何日かしてリハビリが始まりました。覚えているのはPT(理学療法)で平行棒の端で支えてもらいながら立って、向こうの端においた姿見に映っているはずの姿が見えなかったことです。翌日、ハードコンタクトレンズを装着してもらって見えるようになりました。
 円錐角膜なので矯正方法は角膜移植かハードコンタクトレンズまたはこの併用しかないのです。で、ほぼ毎日コンタクトレンズを装着してもらえるようになったので世の中が明るくなりました。
 OT(作業療法)の方の初期のことも良く覚えていないです。雑巾がけをしていたのは覚えています。
 PTとOTの続きは明日ね。

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視床出血発症して2年になりました(第1回) [2年を経た経験からの回想]

 今から2年前の本日の午後6時頃、職場のトイレで脳の中での異常に気がつきました。
 ほげーと尿を放出しているときでした。手を洗っているときに左手の動きに異常を感じ取りました。ここで、このとき知識(掛かり付けの救急病院は救急搬送でも受け入れてもらえるということ)というのがなかったので、自力で行こうとしました。
 私の場合はこの救急もしている病院で脳血管造影をしてもらっていました。視床出血というのは出血量が少ない割に効果が大きくて、途中で自損事故を起こし、救急車で搬送されることになったのです。
 このとき、救急隊員の方が病院の診察券(いつも持ち歩いていました)を見つけて連絡を取ってくれたので受け入れたもらえました。
 5分後程度でしっかりと左半身麻痺でした。知らないということは怖いですね。その後、15分ぐらいかな、まだら意識不明にね。病院到着時は意識なしね。
 時々、意識復活して、またすぐに意識不明にね。不明の時を昏睡というのかな。まだら復活したときにコンタクトレンズを外してほしいと頼みましたら、ハードコンタクトレンズをソフトコンタクトレンズのように外そうとしていました。で、意識不明で後は???です。
 救急車で嘔吐が激しかったのですが、原因は左右の感覚のバランスの崩れが原因でしょうね。これは、ベッドでの病室移動の時も起こりました。大脳は正常ですが、感覚神経は視床出血で左側ダウンね。大脳が混乱したためですかな。ICUにどの程度いたのかなどは???のままです。
 どうも、20~30%ぐらいで三途の川を渡りきることができる状態だったかな。これ、推定ね。出血量は少ないですよ。20mlも出れば、ほぼ死亡する出血ですからね。
 ただ、麻痺が判った段階で「リハビリで復活するぞ。」と思いました。一度も「麻痺したらどうしよう」とか「このままになったらどうしよう」とかは思いませんでした。
 そして、意識が回復してから聞いた病名は「右間脳視床出血」です。これで、感覚神経損傷による麻痺というが判りましたので、「筋肉を固めない」という自主リハビリを開始できる部分から始めることにしました。
 筋トレはしたいとは思いませんでした。「感覚がなくなると運動神経が働かない」とは意識していなかったかもしれないですが、「筋肉を固めない」を重点的にすることにしました。といっても、できることは限られていました。
 続きは明日にします。

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