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病歴(その2) ブログトップ

病気自慢をしてみませんか [病歴(その2)]

 皆さん病気自慢をしてみませんか。
 でも、個人情報大公開になるのですが、してみてもと思います。
 理由はリハビリの経過がわからない。結果の意味づけができないということね。
 今後発症された方の一助とするのには病気自慢も必要かとね。
 脳出血だけでは解らないですよ。脳梗塞だけでもね。
 それより、脳のどの部分がどのようにダメージを受けての障害なのか、感覚麻痺なのか、運動神経麻痺なのか、両方なのかとか、他の障害が何なのか、どのようなリハビリをしたか、どのような効果・弊害(なにが害か理解が必要だけどね)があったかということの方が後に続く方の一助になると思うのです。
 では私めです。
 右間脳視床での出血です。有名な視床出血ね。よって左半身で頭の方から足先まで嗅覚の一部を除いて感覚麻痺にね。
 筋肉の収縮具合などの深部感覚も麻痺ね。
 出血量なんてたいしたことはないのですが、場所が場所だけにね。20mlもでれば全員お陀仏のところね。10mlでも半分ぐらいはかな。
 病院到着時は意識不明ね。ですから、本当に左半身完全麻痺状態ね。この中には平衡感覚器の前庭や半規管も含まれます。内臓の調子にも影響があるとのことで、ガスターも処方されてました。
 このような状態の場合、生き延びた多くの患者が一生車いすね。ですから、主治医のお告げも「一生車いす。」ね。
 発症から4ヶ月後にはリハビリ病院の階段を1~5階間を昇降ね。1日10000歩程度とかに、腕でもそこそこ柔軟に動作出来るようになっていました。動くということですが、感覚神経未整備により生活動作には疑問符がです。
 今は杖を時々振り回している危ない輩になってしまいました。
 リハビリの基本理念は「筋肉を固めない。関節を錆び付かせない。」と「感覚神経回復目指して」ね。適度なリハビリね。
 焦らない、諦めないね。
 動作をしたり、マッサージを受けたりの普通のリハビリね。過剰にリハビリをするなんて考えつかなくてリハビリ病院で「奇跡的回復」といわれる程度にはなったのです。
 どうも、私が早いのではなく、他の方が過剰リハビリか落ち込みによる放置かが多いみたいで遅らせてしまったというのが実態みたいです。
 自主リハを含めたリハビリの詳細については以前の投稿を読んでください。
 介護認定も救急病院入院中にしてもらったら「要介護4」です。当然でしょうね。その6ヶ月後の更新審査で「要支援1」ね。まあ、妥当かなと思います。
 救急病院入院中の治療は「様子見」につきましたが、これが標準的治療でした。手術なんてできない場所だからね。
 三途の川は半身麻痺で泳げないから、溺れ生きね。
 どうして、皆さんの中の多くで私より障害程度が高いの? 私は棺桶に入りかけたのに。
 他の病気は別の機会にね。

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病気自慢をしておかないと [病歴(その2)]

 またまた、ある方のブログで「病気自慢はしたくない」というのがありました。
 私のここは「復活の様子」ということなので、ちょいちょい病気自慢をしておかないと、「軽かったのでしょう」とか思われたらインパクトがなくなると思っています。
 重症でも復活できる可能性がいくらかはある(本人は結構復活の可能性があるのではと思っていたりね。)ということを知ってもらいたいとね。
 ところで先日投稿した中にショッピングセンターで看護師の知人と会ったことを書いたかな。そのとき、いわれたのが「闘病の武勇伝」です。
 はい、棺桶に足を入れかけたことがよくあったのでね。
 その入院歴、今回を含めて4回ね。以前の3回でも「落ち込む」ことはなかったですね。それと、その知人の知人というても、私も直の知人ですが、「嫌な患者」ともいわれました。知っていて何も言わずに値踏みみたいなことを思っているとね。看護師にとってはある意味「嫌な」かもしれないですね。
 で、武勇伝ね。でもね、1回目はおとなしい限りですよ。このとき最もやばかったのは消化管での出血中かな。
 止血できないもん。ほんの2~3リットル程度を一晩でね。
 初めての入院だったし、一応緊急入院だったしね。それと、私は「様子見」をしますので、様子見の間は大人しいです。というか、普通は大人しいですよ。
 2回目の入院時から「階段」、「病院の階段」ですね。それと、朝の散歩ね。
 詳しく書いているとあれなのでこれはこの辺で、肝腫瘍でした。
 3回目が今回(4回目ね)救急車で搬入された病院。この3回目で脳神経外科も「掛かり付け」になってしまいました。肺がんでした。
 でもね、手術後、ほかの階にいってもよいとなってからは2階から9階までの「病院の階段」ね。それも途中に中4階付き。それと、朝食時、到着を待ち構えて受け取り、ほかの患者さんに配布中に食器返却ね。
 この入院のときに、「筋肉は使うもの」「筋肉は伸ばすもの」という体験をしています。こうことは同じ失敗を二度しないようにしているかな。
 脳の方は血管造影ね。だから、受け入れてもらえたのでは。
 「武勇伝」にはほど遠い概略だけですみません。
 患者業をちょくちょくしていると、看護師さんの前で裸になるのは慣れてきました。
 そうそう、発症して半月ぐらいでの介護認定では「要介護4」、重症の方から2番目ね。それが、この半年後の更新認定では「要支援1」まで転落しました。
週1回の訪問リハビリで介護保険を使い切っています。月5回の時だけどね。4回の時は少し余っているのかな。でも、使いようがないです。今年の更新でも「要支援1」、そのままです。

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視床出血で「なんでボトックスが必要なの?」 [病歴(その2)]

 日本ブログ村の病気、脳卒中のカテゴリーである方のブログを読んでいて、また、「なんでボトックスが必要なの?」と思ったのがありました。
 視床出血という同じようなことで、病院まではご自分でたどり着いたそうです。入院当初で私と比較すると、私は左半身の存在すら意識から消えていました。その方はなんか・・・で、読んだ感じでは私より左半身の存在感がいくらかあったみたいです。
 で、私は動画のように左手は動かせるようにしました。歩行は入院中に小走りも教えてもらいました。もう、入院当初への時間の後戻りはできないので、今後の方のためという感じでこの闘病記を続けています。
 歩けなくなったとか、手が使えなくなったとかは原因によって対処法が変わると思います。
 でも、脳出血や脳梗塞だけが原因と考えてよい場合は、筋肉、関節、骨は正常ですよ。
 ところが、歳を取るにつれて「使わない」→「錆びついて動かなくなる」というのが駆け足で迫ってきます。
 私は入院して、落ち着いたとき、筋肉や関節をよい方(右ね)で伸ばしたり、曲げたり、などをしましたが、時間との勝負という意識もありました。
 どう、勝負なのかというと、「なんとか脳の指令で動かせるように早くしたい。そうでないと固まってしまう。」固まるまでの時間をどう延ばすかですね。
 それと「医療保険制度の問題、6ヶ月問題」、この期間内に使えるように、目途をつけたい。
 そのためには「脳は刺激を必要としている」というのと栄養分の問題ですね。入院中にサプリを購入するということもしました。
 病院食を見ていると、脂肪酸の種類で疑問を持ったからです。
 脳は体を使うことで活性化されます。高齢になっても樹状突起などを伸ばしているみたいです。だから、私でも感覚が戻ってきているのです。
 でも、そのためには脳への働きかけが必要です。すべてがうまくいったわけではないと思いますが、意識が戻って落ち着いた頃からごそごそしていました。日中は車イズで過ごして、上半身を直立にね。
 PCですと、椅子にもたれかかるでは利用しにくいので完全に起き上がりね。脳への刺激になってたはずですよ。
 テレビは情報を受け取るだけみたいなものです。PCですと、操作して、場合によると「探す(検索ね)」とかで能動的部分がより出てきます。テレビより高齢者には不親切ですよね。でも、脳をテレビよりはよく使えたかも。

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腫瘍はもう1回です。開業医でも「ヤブ」がありました。 [病歴(その2)]

 以上のほかに2002年に左足親指付け根あたり(裏の方ね)に皮膚科該当の良性腫瘍をやっています。紫外線、怖い。お肌に単に悪いというだけではないので。
 良性腫瘍と悪性腫瘍の違いは「転移」の有無だそうです。 日経サイエンスの2000年ごろの論文に良性腫瘍から悪性腫瘍に変わるものもあるというのもありました。
 まあ、腫瘍ですが、御近所の総合病院、入院した病院で通院ですみました。この件で初診で行った日に「生検」をしましょうということになり、処置して貰っていたら、「取れちゃった。」という声が。摘出手術になってしまいました。その後で肉が焦げる臭いがしたので聞いたら、「止血処置です。」と言うのです。レーザーメスと同じ原理を利用していました。
 何回か通院してお終いです。
 そうそう、肝臓の手術もレーザーメスだったようです。輸血ゼロでできたと言っていましたかね。レーザーメスができるまでは血管の塊の肝臓手術は「出血との戦い」だったと聞いたことがありました。
 2006年頃かな。飛蚊症でこの総合病院に通院が始まります。半年に1回ぐらいです。ここに飛蚊症でいった理由は近所のヤブ眼科医が連休中にさらに連休をとっていたため「休診」だったのです。
 飛蚊症は今はコンタクトレンズを処方して貰っている別の眼科に通っています。このヤブは近視が遠視になってきていて(こういうことがあるのです。)見にくくなったので行ったら、コンタクトレンズの度数を聞かないというアホでした。
 遠視が近視のコンタクトをしたら視力どうなると思います?見えるわけないでしょう。基本的な問診もしないというアホ。評判よくないようです。だから、セカンドオピニオンが必要なのですね。ただ、この眼科医、厄介なのは他に丸投げみたい。この点はよいといえばよいですが・・・。
 現在の私が罹りそうな病気はこの総合病院で面倒みて貰えそうです。このあたりの地域の中心病院として設立されているので近所の開業医からの紹介は大抵ここです。救急もしています。がんセンターは救急はしていないです。
 がんセンターのあの消化器科の医師の一言「自分で予約して」がありがたい一言になったということかな。

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術後体操はしっかりしましょう。「ヤブ」に注意、殺されるかも。 [病歴(その2)]

手術したときはできるだけ運動した方が治りがよいようです。無茶はダメですよ。
 このとき、背中の筋肉痛が激しかったので、困って主治医に聞いたら「背中の筋肉も切ったからね。」といわれ、背中の筋肉を痛みをこらえながら伸ばしたら、はい、痛みが消えました。この後で、もらった「術後体操」の冊子をみたら書いてあるではないか、読んでおくものだと思いました。
 で、予定通りに近い感じで退院しました。こちらはタイミングが悪かったら、「棺桶」に収まっていた可能性のある病気でした。退院しても、転移や再発の可能性があるので定期検査が続くことになります。
 年に一度、頭部と胸部、腹部のCTと骨シンチレーションがありました。翌年のこの骨シンチで1カ所、集積した場所があったのです。
 骨シンチは放射性物質を血液に入れて、骨新生が盛んなところに集積するという性質を利用したものです。ですから、骨新生が盛んであれば集積します。がんが転移しておれば、溶骨作用があるので、骨は再生しようとします。つまり、骨新生ね。
 でも、骨折とかでも「骨新生」が起こります。だから、「この検査は解析で骨の折れる検査」ともいわれているのです。
 「骨転移は普通複数箇所」、このときは1カ所のみ。「骨転移は激しい痛みを伴う」らしいのですが、痛みなし。「骨転移は単純エックス線撮影では溶骨像か骨硬化像」だそうですが、これもなし。執刀医のみが「転移」で「放射線治療を」でしたが、のらりくらりでしのぎました。しばらくするとなにもいわれなくなりました。
 翌年の検査では別の箇所、あごに集積。前年のは?のままで消えていました。虫歯の指摘。歯医者で治療しました。虫歯検査にも使えますよ、「骨シンチ」。
 どこの病院でもいる思い込みの激しいタイプのヤブだったかな。この後、すぐにいなくなりました。
 柔軟に考えたら「転移」には行き着かないと思いますけどね。他はよいお医者さんです。CTなどの検査は5年間続きました。胸部レントゲンと血液検査はその後も5年間、計10年間続きました。それで釈放されました。
 でもね、健康診断のうち、胸部レントゲンを検診車でするようになったのは痛かったです。胃部検診は肺がんの時から、今の主治医(開業医)のところで夕方にしています。
 朝食食べて、お昼にはスポーツドリンクやあめ、キャラメルを適度に、午後3時ぐらいまででしたら水分補給してもよいですということなので、病院の食わず飲まずより楽ですし、モニターに映し出される映像は綺麗です。だから、あの食わず飲まずは何なのでしょうね。

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肺がんの手術と脳の血管造影 [病歴(その2)]

 肺の影ですが、近所の内科に行って、「職場の検診で指摘された」ということで紹介状を書いて貰いました。呼吸器科を受診しました。がんセンターの紹介状はがんセンターの私のカルテに挟まったままだと思います。また、CT、気管支鏡、骨シンチレーションなどをして、入院になりました。
 手術の前日の説明で担当医から「検診でよく見つけて貰いましたね」といわれました。職場の検診では見落としが多いからでしょうね。特に「初期がん」では。
 普通は見落とされる大きさだったようです。検診車じゃないから、直接撮影の大きな1枚を前年の大きな分と比較してだから、見つけて当たり前とは紹介状の手前いえなかったです。撮影した時期のタイミングが非常によかったということかな。数ヶ月前なら直接撮影でも写っていなかったかも。
 翌日、手術でICUは半日だったかな。今回はICUまで点鼻薬を持ってきて貰っていました。手術後、朝食で一度だけ胃から逆流させてしまったことがありました。1週間後ぐらいに肺に入れていた管を抜いて貰って自由の身になりました。
 管の入っているとき、「寝れない」とかで睡眠導入剤を処方して貰って服用した結果、寝ている間に裸になっていたみたいなのです。以後、導入剤は中止、以前から「夜寝たい」と昼間活動をしていたのをさらに活発にすることにしました。「薬」には副作用がありますから注意しましょう。自由の身になってから、売店のある階まで階段を使うようにしました。病室は9階です。売店は2階。
 MRIは地下1階。自由の身になってすぐ頭のMRI撮影に呼ばれました。当然、階段を下りていきました。これは、入院前の頭部CTで非常によくない感じの血管が見つかっていたのです。これでも疑問のまま。で、脳の血管造影」をしますかという判断を求められました。方法は「股の血管にカテーテル」という検査です。
 このときの毛ぞりでは、知り合いではなかったので、その点は気楽でした。でも、息子から「液体」がすこ~し漏れました。尿に関しては管を挿入して貰いました。この管挿入は簡単なのですね。
 頸動脈の方まで伸ばすので脳梗塞の危険もありますということでした。造影検査をしました。血流は普通の血管を流れているのと同様で動脈瘤の流れ方ではなかったので一件落着でした。これで、脳の方もかかりつけ病院となりました。こっちは救急受け入れもしています。無理して行こうとした理由です。他の病院では「動脈瘤」騒動も加わることになりますのでね。
 自由の身になって3日目ぐらいかな。主治医はいないだろうと9階の階段の扉を開けたら、ばったり。「どこから」というので「2階から」、「未だ早い」のお言葉でした。でも、やめれなかったです。何日目だったかな。
 結果を教えてくれたとき、「5年生存率65%」といわれました。それなりの根拠も説明してよ。「からだの科学」の「肺がん」の数字そのままでした。大きさは18mm×20mmでした。長くなるので続きは次回に。

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肺がんの発見 [病歴(その2)]

 肝腫瘍の摘出後の定期検査を受けていました。職場の検診は受けていません。それに相当する検査をこのがんセンターで受けていたのです。
 一番の理由が放射線の問題です。胸部レントゲンですが、一般の検診車ですと肺結核検診用の流用ですので、初期のがんは見落として当たり前らしいのです。集団検診では意味のない被爆と考えたわけです。で、病院での直接撮影愛用者になりました。その上、間接撮影の方が被曝量が多いという話も聞きました。原理的にそうでしょうね。
 胃部検診ですが、検診台に乗っている間結構な時間放射線を浴びています。だから、「右向いて」とか「回転して」とかいえるのです。そして、できるだけ撮影条件をよくしてから撮影なので、あの撮影時のみではないのです。肝の血管造影の時も同様でした。で、がんセンターの胃カメラ愛用者になりました。
 そして、これで異常がなければ治癒放免という5年目(1999年)の定期検査の時も同様に検査を依頼し、撮影して貰ったりしました。結果を聴きに行ったとき、
 主治医は胸部写真を忘れてしまっていました。「胸部も取りましたが」というと、「室外で待ってて」で、呼ばれていくと右胸に陰が。また、「外で待ってて」で前年のを取り出してきてました。「はい、CTね。」で予約は看護師がしました。
 CTの後、結果を聴きに行くと「直径2cmほど」で「呼吸器科への紹介状を書いておくから、予約を取っていってね」。この一言が病院変更を決断させました。妻に「次、入院するときは近くの病院にして」といわれていたのです。
 肝臓の手術後に徒歩圏内に総合病院ができました。そう、今回、救急でかつぎ込まれた病院です。この肺のことで脳もかかりつけ病院になっていたのです。長くなるので続きは次回に。

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肝腫瘍 その2 [病歴(その2)]

 昨日は表題を入れ損なって、投稿後気がついて入れました。2回投稿みたいになりました。消
 化器外科に診療科が代わって手術をしました。写真で見た私の肝は綺麗でした。
肝臓の大血管を切断するかもということでICUに3泊4日予約されていました。このときは点鼻薬は持ってきていました。
手術の翌日、その翌日も執刀医が現れて、診断かな、「戻ってもいいけど、土日なので病棟は看護師が少ないから月曜までおって下さい。」元気になってきたらおる場所ではないICUに滞在させられました。
 病室に戻ってから、まあ、順調かな。背中に入れていた鎮痛剤の管はちと早めに抜いて貰ったら執刀医は苦虫を噛んでいました。寝にくかった原因はお腹に入れられていた管でした。
 ベッドから降りてよくなってから、階段利用が始まったというか頻繁に利用するようになりました。朝の散歩も始めました。あるとき、友人がお見舞いに来られたのですが、トイレに行って、そのまま非常扉を開けて階段を下りようとしたときに見つけてくれたので会うことができました。
 結構回復は早かったです。良性腫瘍だけだったので、早い早い回復をしました。
この後、いつ頃からかダンベル体操を始めました。始め3kgからで徐々に増やして10kgにまでしました。
 もっともエコーでわかったのは「あなたの肝が少し霜降りになっているからだ」と主治医に言われました。次は肺がんです。

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肝腫瘍 その1 [病歴(その2)]

 私としては棺桶から遠い病気と感じています2回目の入院についてです。1992年だったかな。
 職場の友人の母親が脳梗塞で亡くなったということで人間ドックにいきたいけど「付き合え」ということで申し込んだら8月にドックにいくことになりました。
 ドックでエコーの時、担当者が仲間を呼んで確認して貰っていました。結果が郵送されてきてみると「エコー→肝に陰」『肝臓と肝(きも)を一応使い分けているつもりです。』で精密検査をということなので、隣のがんセンターを受診しました。
 CT、よくわからない。MRIも確定できない。エコー陰がある。というので肝臓の血管造影検査を受けることになりました。前回の入院でスリッパは懲りたのでサンダルにしました。音の出るのはダメですよ。
 股の動脈からカテーテルを入れて肝動脈に造影剤を直接注入して撮影するという検査です。この下準備に股のあたりの毛を綺麗に剃っておくというのがあって、外泊したときに風呂で剃ったのです。
 そこを若い知り合いの看護婦さんが状態を見て、「そり直し」となりました。そのそり直しの時、息子が元気になってきたため一時中止などもありました。検査時は局所麻酔をするので痛みは麻酔注射の時ぐらいでした。こちらは寝ているだけですが、検査後は「動脈を切開」したということなので止血のため翌朝まで切開した方の足を伸ばしたまま寝返り不可で寝たままです。
 事前に溲瓶で練習したときは出たのですが、本番では出ませんでした。結局翌日午前10時頃にトイレに行って漸く放尿です。尿量を測定していたので500mlの容器で受けていたら、溢れてしまいました。
 人間の膀胱って貯めれるのですね。でも、適度に出す方が腎臓にはいいですよ。ケリが付かないので翌年3月に2回目の造影検査をして、『肝なので「切除しても膨れる」ということもあって摘出しましょう』となりました。まだ、このあたりまでは1階に行くときもエレベーターだったかな。
 長くなるので続きは次回に。

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三途の川で溺れた病気かな [病歴(その2)]

 棺桶に入る可能性のあった病気としてはまず1987年9月の消化管出血がありました。
 こちらは今回の視床出血ほど短時間の出血ではないですが、夕方4時ぐらいに下血、6時過ぎに下血、さらに何回かの下血で翌朝午前2~3時が最終だったと思います。死の恐怖がよぎりました。
 朝、近所の内科医にいったところ、そこのトイレでのこりカスを出すことができたのでそれをみた主治医は「即入院」ということで隣の市の市民病院に入院ということになりました。結構元気な感じだったと思います。入院した時点では実際はもう止まっていました。今回と同じかな。
 ただ、1週間後の血液検査で赤血球数が300万ぐらいまでに減少していました。そこから、推計すると結構短時間でほんの1.5~2リットル程度の出血かなと思います。病院の主治医もびっくりということです。
 短時間出血ではどのぐらいの量で三途の川を渡れるのかな?。血液量は体重から考えると5リットル弱かな。 すでに生きながらえているので病院で「死」というものと向き合うこともなく大人しくしていました。赤血球数の増加など血液が平常に戻ればよかったということですが、病変を探してみるという検査がいろいろとありました。胃カメラ、小腸の透視検査、大腸鏡、大腸透視などなど。何もなかったです。
 主治医が検査機器を使えるかどうかでその日の検査の順が決まっていた病院でした。ちょっと一気にドバッと出血しただけだったので血液状態が戻ったらそれで完了でした。
 原因は「ストレス」だと思っています。今みたいなネットの利用ができていたらここまでストレスがかかることはなかった事例であったと思います。
 このときから、若い綺麗な看護師さんの前で裸になるとかが検査の都合とかで必要になりました。だんだん慣れていくことになりました。大腸検査のための浣腸は準看護学校の実習生だったかな。若いよね。
 三途の川は無事に渡ると地獄の庁に行けますね。溺れたら戻ってくるしかないのでは(笑)。次回は棺桶からは遠い病気の予定です。

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